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【ベトナム証跡博物館】ベトナム戦争について現地で学んで感じたこと。

ちょうど一ヶ月前、4連休でベトナム、マレーシアにひとり旅に行ってきました。

この旅の中で特に一番思い出に残っているベトナム証跡博物館についてです。ここの博物館ではベトナム戦争について学ぶことが出来るのですが、戦時中のリアルな写真が沢山あるため、戦争と平和について考えずにはいられませんでした。

友人との旅行ではこういった歴史を学ぶというよりグルメ、買い物、美容三昧になることが多いので、一人で時間を忘れてじっくりと学ぶことが出来てよかったです。

ベトナム証跡博物館の情報(アクセス、時間、料金)

ベトナム証跡博物館はベトナム、ホーチムンの中心地にあり、タクシーで行きました。ベトナムはどこに行くにもタクシー、もしくはバイクタクシー必須です。

私はGrabというタクシーの配車アプリを使ってタクシーを呼び観光しました。Grabは初めて使ったのですが、運転手さんの顔写真や料金などを乗車前に確認する事が出来るので、安心して利用する事が出来ました。

ベトナム観光では必須のアプリですので、ぜひGrabアプリのダウンロードをオススメします!

博物館に着いたらまずは、ゲートで入場料を払います。引き換えにチケットと記念のシールを頂きました。敷地の中に入るとアメリカ軍の戦闘機が沢山展示してあります。

弾は飛んで来ないと分かっていてもどうしても怯んでしまい前を通るのが怖かったです。欧米の方々も沢山見学に来ていました。

ベトナム証跡博物館
開館時間 7:30~12:00  13:30-17:00
閉館日 無し(と受付の方が仰ってました)
アクセス タクシーがオススメ(ベンタインマーケットから徒歩15分程)
料金 15,000VND

位置情報はこちらを参考にどうぞ。

館内のルール、雰囲気

館内は写真撮影OKです。かなりグロテスクで生々しい写真が展示されている部屋、日本の歴史博物館のようにそこまで刺激的ではなく、子供でも入れるような部屋と、何部屋かに分かれて展示してありました。

生々しい戦場写真が苦手な方は、そういった部屋には入らないようにした方がいいかもしれません。(かなりリアルです)

と言いつつも、写真を通してこんなに無残なことが起きていたのかと感じることが出来たので、色んな方に見て欲しいのが本音です。

館内は写真OKですが、正直撮る気になれないような写真ばかりで…。亡くなった人の生首を持っている写真、子供の前で父親が打たれている写真などかなり悲惨な写真が多く展示されています。

周りは複数人で来ている人が多かったので話しながら見ている人がほとんどでしたが、私は一人だったので色々考えて思わず涙が出ました。本当に現実に起きたことを写真を通して目の当たりにすると言葉で表しきれない無念さでいっぱいになりました。

ベトナム戦争はたった”約45年前”の話

博物館に行きベトナム戦争について学びながら感じたのが、私が今立っているこの場所でたった45年前にこんなに恐ろしいことが起きていた、という事実です。

ベトナム戦争は1955年から1975年にかけてなんと20年間も続いたすごく長い戦争です。45年前といえば私の母が子供の頃、こんなに恐ろしいことがあったなんて…。

教科書でベトナム戦争について学びましたが、実際にベトナムに行き、ベトナムの人々と触れ合い、博物館で写真を見たことで戦争を物凄く身近に感じました。

戦争が起こったきっかっけは?

当時ベトナムでは社会主義派と資本主義の内乱が起きていました。植民地支配が終わったベトナムで社会主義資本主義どっちの政策で国を立て直すか国内でもめたのちの争いでした。

それを見ていた資本主義のアメリカ資本主義派のベトナム共和国に戦力を提供しました。

なんでアメリカがベトナムのことに首突っ込んできたの??

アメリカが敵対するロシアは社会主義の国だったので、ロシア勢力が拡大することを防ぎたかったようです。なので本当はロシアアメリカの戦いとも言われています。実際にロシアはベトナム民主主義(社会主義)共和国軍に武器や物資の提供をしていました。

ロシアとアメリカは自分らの土地では戦わず、ベトナムの土地を借りて戦っていたようなイメージかな

アメリカ兵が苦悩したベトナムの森林

アメリカ軍は資本主義派のベトナム人たちと協力し、社会主義派のベトナム人と戦うことになった訳ですが、ここで問題が起きます。

”このベトナム人は味方のベトナム人?敵のベトナム人?と見分けが付かない、また、無防備に見えた子供が手榴弾で自爆するなどの行為により多くのアメリカ兵は精神的に追い詰められていきました。そして何よりもアメリカ兵を苦しめたのがベトナムに広範囲にある森林です。

夜間の間に社会主義派のベトナム人たちは森林に罠を仕掛け、この罠にはアメリカ兵は大変苦しめられました。もちろんただの落とし穴ではなく、落ちた先にはすごく太く長いトゲがいくつもあり、ハリには人のフンや毒を塗って罠を仕掛けていたそうです。

そこでアメリカ兵はこの森林を無くせばいいという発想に至り、枯葉剤がベトナムの土地に散布されました。これが今も続く枯葉剤の悲劇の始まりです。

ベトナム戦争に対する他国の反応

第二次世界大戦が終わったばかりだというのにまたベトナム戦争が始まったので、ベトナムはなんて戦争好きなんだという声も当初はあったと言います。

しかしこの戦争が行われていた当時は世界中にTVが出回っていたので、TVを通して戦争の実情を世界中の人々が目にするようになります。

そこで世論も「アメリカがやっていることは本当は良くないんじゃないか…??」という意見が増えていったのです。世界中で戦争反対のデモが行われました。

有名なデモでは、ビートルズのジョンレノンと妻のオノヨーコが、ハネムーン先で1週間のベッドインをして戦争に反対した事で知られています。

日本でも沢山のデモが行われたようで、日本の写真も沢山飾ってありました。

 

世界各地で起こった反戦戦争は相当な勢力となり、そして20年も続く戦争はアメリカにも大きなダメージを与えました。最終的にはアメリカがパリ和平協定を結び、アメリカはベトナムから撤退することになりました。

こういった経緯から、ベトナム戦争はメディアが終わらせた戦争と呼ばれています。

今も続く枯葉剤の影響(注:写真あり)

枯葉剤により、ベトナムの森林はみるみるうちに枯れていきました。作戦は大成功と思いきや、この枯葉剤の恐ろしさはその後です。

戦時中に生きていた人だけでなく、2000年以降に産まれた子供たちも奇形となって生まれているのです。

実際に見た写真。
少しだけぼやかて加工しました。もっと衝撃的な写真が沢山ありました。

 

枯葉剤の被害を直接受けたつもりが無くても、枯葉剤の成分を含んだ土で育った農作物を食べ続けたことにより産んだ子が奇形児として生まれることがあるそうです。

この枯葉剤の被害がベトナムだけで無くアメリカ兵にも被害が出ていますが、アメリカは自国の軍人のみ慰謝料をだしたとのことです。

まとめ

このホーチミンにある博物館には日本人の写真家の写真が数多く飾ってあり、中には日本語の説明があるパネルもありました。異国の地で日本を感じるとなんだか嬉しい気持ちになりました。

ベトナムまで行ってナーバスな気分になりたくないという方がきっと大半だとは思いますが、ぜひ多くの方に行って欲しいと心から強く思いました。

ABOUT ME
MOE
元児童福祉施設の主任、ディスニーランドのキャスト。好きなことは音楽、アート、旅、異文化。2年前に海外一人旅にハマり海外に住むことを決意。現在はニューヨークでオペアとして働きながら生活しています。